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名古屋地方裁判所 昭和29年(行)30号 判決

原告 岩間義男

被告 名古屋法務局長

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原告の「被告が昭和二十九年九月十八日付を以てなした別紙目録記載の不動産についての、原告と日本医療団及び日本医療団と豊橋市間の各所有権移転登記につき申立てた原告の異議に対する却下決走を取消す。」旨の請求を棄却する。

原告のその余の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、

「被告が昭和二十九年九月十八日を以てなした、別紙目録記載の不動産の、原告と日本医療団及び日本医療団と豊橋市間の各所有権移転登記につき申立てた原告の異議に対する却下決定を取消す。

被告が名古屋法務局法務事務官新井与市名により同年十月二十七日付を以てなした、右異議申立却下決定につき申立てた原告の再審請求に対する返戻処分を取消す。

被告は原告に対し別紙目録記載の不動産につき、原告と日本医療団間の豊橋区裁判所昭和十八年十二月二十四日受付第四八六七号及び日本医療団と豊橋市間の名古屋法務局豊橋支局昭和二十四年八月二十三日受付第三〇九八号による、いづれも売買を原因とする各所有権移転登記を沫消すべし。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、

被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求めた。

原告は、その請求原因として、

原告は戦時中である昭和十八年十二月二十四日時局の要請に応じ、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)を不要になつたときは買戻すとの特約附で、訴外日本医療団に売渡し、訴外日本医療団は終戦後昭和二十二年四月一日解散となり、昭和二十三年九月一日之を訴外豊橋市に移管譲渡し、いずれもその所有権移転登記(前者は、豊橋区裁判所昭和十八年十二月二十四日受付第四八六七号、原因売買、後者は名古屋法務局豊橋支局昭和二十四年八月二十三日受付第三〇九八号原因売買)がなされたのであるが、原告は右両登記につき昭和二十九年一月十八日被告に対して右各登記の抹消を求めて異議を申立てたところ、被告の昭和二十九年九月十八日付右異議申立を却下する旨の決定が同月三十日原告に送達された。

原告は更に同年十月二十五日右却下決定に対し再審請求をなしたところ、被告は更に同月二十七日付、名古屋法務局法務事務官新井与市名で原告の送付した右再審請求の書面を返戻してきた。然しながら被告の右両処分は次の理由によつて違法である。

第一、原告と日本医療団間の所有権移転登記(以下第一の登記という)について、

一、本件土地は原告と日本医療団間の売買による所有権移転登記当時耕地整理中であつたので、知事の認可を得た上でなければ右所有権移転登記は出来ないにかゝわらず、右登記申請には知事の認可を受けていないから右の登記申請に「事件が登記すべきものに非ざるとき」に該当し、不動産登記法第四十九条第二号により申請は却下さるべきものであるのに登記官吏がこれを受理したことは違法である。

二、本件不動産の第一の登記は訴外玉木緝熙が登記義務者原告、登記権利者日本医療団の双方代理人として申請しているが、原告は右玉木に登記申請の代理権を与えたことはない。(右登記申請の委任状に原告の署名押印があるが、これは原告が受領した売買契約書が本件売買契約の内容と相違する点があるので、その内容に合致する契約書作成のため玉木に代理権を与え白紙に署名押印したのであるが、玉木はこれを登記申請の委任状に流用したのである。)

仮に原告が右玉木に登記申請の代理権を与えたとしても、同人は登記所に出頭せず、原告が代理権を与えたこともなく、又右玉木の委任状も持たない日本医療団の職員杉浦余三か、前に玉木の流用した委任状をもつて、登記所に出頭し登記申請をしているのであるから、登記官吏は、不動産登記法第四十九条第三号に違反するものとして却下すべきであつたにも拘らずこれを受理したことは違法である。なお原告は右杉浦の行為の追認もしていない。

三(イ)  登記の申請には登記義務者の権利に関する登記済証を添付、提出しなければならないのに、本件不動産に関する三通の登記済証の内、原告が訴外石川清三郎から買受けた豊橋市東田町字西前山百七十八番地の三、宅地八十五坪(耕地整理後同市前畑町百十六番地八十二坪五合六勺)の登記済証は登記申請に際して添付されていなかつた。

(ロ)  代理人により登記を申請するときは其の権限を証する書面を提出することを要するのであるが、前記の如く仮に玉木に登記申請の代理権を委任したとしても、右登記の申請を為した訴外杉浦余三が玉木緝熙の代理人として登記申請をなしたものであるならば、その権限を証する書面の提出を要するのにこれを提出していない。

以上いずれも不動産登記法第四十九条第八号に違反し、申請は却下さるべきであるのに登記官吏がこれを受理したことは違法である。

四、登記手続が完了した場合は登記義務者にその登記済証を返還すべきであるにかゝわらず登記官吏は第一の登記完了後も原告の登記済証(但し前項(イ)の登記済証を除く)を返還していないから不動産登記法第六十条第二項に違反した違法がある

五、原告から日本医療団に所有権移転登記済である筈の土地の税金は昭和十九年から昭和二十二年まで原告に対して課税し、原告が支払つており、その間妻を豊橋市役所税務課にやつて問合せたところ、本件不動産中建物の所有権移転登記は既になされているが土地の所有権移転登記はまだなされていないからであるとの回答があつたが、昭和二十三年以降は課税されなくなつた。そうであるならば、昭和二十三年に至つて所有権移転登記がなされたはづであつて、これが登記簿上昭和十八年十二月二十四日付で登記された旨記載されているのは、後記昭和二十二年日本医療団の解散により、本件不動産を豊橋市へ強硬に移管譲渡しようとして、登記官吏が違法にも故意に日付を遡及させて記載したものといわざるを得ない。

仮に昭和十八年十二月二十四日既に登記がなされていたとしても、昭和二十二年度分まで原告が税を負担していた事実が判明している以上、登記の受付期日を昭和二十三年原告に対する課税を停止した日に更正すべきであるにかゝわらず、右更正登記をしなかつたのは不動産登記法第六十三条に違反した違法がある。

第二、訴外日本医療団と同豊橋市間の所有権移転登記(以下第二の登記という)について、

一、冒頭記載の訴外日本医療団と同豊橋市間の移管譲渡は次に述べる様に実体上の理由を欠き無効である。即ち日本医療団は昭和二十二年一月の閣議によつて同年四月一日を以て解散することになり、その財産処分については医師会、歯科医師会及び日本医療団解散等に関する法律(昭和二十二年法律第百二十八号)及び政令第二百三十一号、医療団一般施設処理要網、医療制度審議会答申の趣旨等により、日本医療団に一般施設を売渡した者は契約上買戻の機会がある場合、その他特別の事情ある場合は日本医療団と話合の上売主に返還される旨の方針が決定されたので、原告は冒頭記載の買戻の特約によつて返還を請求したが、日本医療団は不当にその請求に応せず、強硬に豊橋市に移管譲渡し、右移管後は豊橋市長に対し返還を求めたがこれまた原告の請求に応じなかつたのであつて、元来本件不動産は前記買戻の特約によつて原告に返還さるべきものであるから、右日本医療団と豊橋市間の移管譲渡は実体上の権利移転がなく、その所有権移転登記は無効である。

二、前記の如く原告と日本医療団間の第一の登記が違法であつて無効であるにかかわらず、これを有効として日本医療団と豊橋市間の所有権移転登記を昭和二十四年八月二十三日付でなした登記官吏の処分は違法であり、その登記は無効である。

以上の様に、本件不動産の第一、第二の各登記申請について、これを受理した登記官吏の処分及び之に伴う各措置は上述の各違法があるにかゝわらず、被告は、これらの違法を理由とする登記抹消の異議申立(但し第一の三、(イ)の事由を除く)に対し、これを却下する旨の決定をしたことは明らかに違法であり、更に右違法な却下決定について、原告が申立てた再審請求に対して被告が名古屋法務局法務事務官新井与市名でなした再審申立書の返戻処分が違法であることはいうまでもない。よつて右違法な被告の両処分の取消を求め、併せて無効な両登記の抹消を求めるため本訴に及ぶ、

と述べた。

被告指定代理人は答弁として、

原告が本件不動産の第一、第二の各所有権移転登記手続につきその主張の日に被告に宛て異議を申立て、これに対して被告が原告主張の日に却下決定をしたこと、及び被告の右却下決定に対して原告が提出した再審申立書を原告主張の日に名古屋法務局法務事務官新井与市が返戻したことは認める。

然しながら、

第一、被告の右却下決定は次に述べる様に原告主張の如き違法はない。

一、原告は第一の登記当時本件土地は耕地整理中であつて、整理完了前県知事の認可を得ないで右登記申請を受理した違法があると主張する。本件土地が耕地整理の施行された土地であることは認める。即ち本件土地は豊橋市東田土地区画整理組合換地説明に基く換地処分を愛知県知事が昭和十八年二月八日認め同知事より豊橋区裁判所に対し耕地整理法第三十一条第一項による処分を認可した旨通知があり、右土地については耕地整理令第八条の五により耕地整理に因る登記をした後でなければ原則として他の登記が出来ないのであるが、原告と日本医療団間に本件土地につき売買がなされ、其の登記をする必要が生じたので豊橋市東田土地区画整理組合より豊橋区裁判所に対し耕地整理登記令第八条第二項の申請がなされ、登記官吏はこれを受理し昭和十八年十二月十四日耕地整理確定図第十五号により適法に耕地整理の登記を完了したものであるから第一の登記がなされたについて何等不動産登記法第四十九条第二号に違反しないし原告の異議申立書にも右の事由は主張されていなかつた。

二、原告は訴外玉木緝熙が第一の登記申請の双方代理人として登記申請手続をしたことになつているが玉木に右代理権を与えたことはなく、仮に与えたとしても右玉木は申請当日登記齎に出頭せず、代理権のない杉浦余三による申請を受理したのは不動産登記法第四十九条第三号に違反した違法があると主張するが、右の事実は知らない。豊橋区裁判所の登記官吏は原告及び日本医療団の双方代理人玉木緝熙と称する者がその代理権を証する委任状を提出し、当日出頭して登記申請をしたので調査の結果適法と認め、これを受理したもので、何等右第四十九条第三号に違反しない。

仮に右に違反するとしても同法第四十九条中第三号以下に違反して登記申請が受理されても登記完了後は右違反を理由に登記抹消の異議申立は出来ない。

三、原告は第一の登記に際して登記申請に必要な登記義務者の一部登記済証及び代理人の代理資格を証する書面を添付しないにもかわらず登記官吏がこれを受理したことは不動産登記法第四十九条第八号に違反すると述べるか、右の事実は異議申立において主張されていないばかりでなく登記申請に際しては右書面はいずれも添付されていたから、これを受理したとしても何等違法はない。(なお、前項未尾の事由は本項にも妥当する。)

四、原告は第一の登記完了後登記義務者たる原告に登記済証の還付がなく、不動産登記法第六十条第二項に違反すると主張するがこのことは異議申立書において主張されていないのみならず、登記官吏は登記完了後原告の権利に関する登記済証を原告代理人に還付しているから原告主張の違法はない。

仮に登記済証が還付されてないとしても、これを理由に異議申立をすることは出来ない。即ち不動産登記法第百五十条は登記官吏の登記申請の却下、登記申請の受理、登記の実行は勿論その他の附随的行為についても登記官吏の処分に瑕疵があればその都度、登記完了前に異議を申立て、その訂正又は救済を求めることができる旨を定めているのであるが、右附随的行為における登記官吏の処分に異議申立がなされることなく登記の実行がなされた場合は最早登記官吏の瑕疵ある処分につき異議を申立てて登記の訂正、変更を求めることは出来ない。従つてこれを求める原告の異議申立は当然却下さるべきである。まして右登記は原告が自認するとおり、原告と日本医療団間に売買が有効に成立し登記の申請をしている以上たとえ登記官吏に前記の瑕疵があつたとしてもこれに対して異議を申立てる利益はない。

五、第一の登記の時期につき、原告主張の様に登記官吏が登記の受付時期を遡及させて記載する等のことは絶体にあり得ない。

又仮に原告主張の如く本件土地に関する税金を原告が負担したとしても、これを以て更正登記の理由とすることは出来ない。従つて、これを登記官吏がしなかつたことは何等違法がない。のみならず、右の事由は異議申立書に主張されていない。

六、原告は第二の登記につき、本件不動産は買戻の話合によつてその所有権が原告に復帰したものであるから、第二の登記は違法であると主張するが、日本医療団から当然売主たる原告に返還される旨の法的根拠は原告挙示の法規によつても全く見出し得ないから原告が既に本件不動産を訴外日本医療団に売却したことを認めている以上所有権を喪失した原告が第三者間の登記原因を争う利益は存在しない。

以上の如く、原告が本訴において主張する理由は被告に対する異議申立書に殆ど(但し二及び五の前段を除く)主張されておらず、仮に主張されていたとしても上述のとおり第一、第二の各登記を受理した登記官吏の処分及び之に伴う措置には原告主張の様な違法はなく、たとえ違法があつたとしてもその一部は事の性質上異議申立の対象とはならず又異議を申立てる利益がないのであるから、被告の右異議申立に対する却下決定は適法であり、これが取消を求める原告の請求は理由がなく、棄却さるべきである。

第二、原告は、被告が名古屋法務局法務事務官新井与市名でなした、右却下決定に対する再審請求書の返戻処分の取消を求めているが、右の請求は却下さるべきである。即ち不動産登記に関して登記官吏の処分に対する不服申立は異議申立が最終的であり、原告の申立てた再審請求は不動産登記法及び同法施行細則に定める手続にはないので、新井事務官は右申立を受理しない旨同月二十七日原告に通知すると共に右請求書を原告宛に返戻したもので、右返戻処分は同事務官の原告に対する単なる通知であつて、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないから、これが取消を求める請求は不適法として却下さるべきである。

第三、原告は本件不動産に対する第一、第二の登記が無効であるとして被告に対し右登記の抹消を求めているが、裁判所は行政庁に対して斯様な行政行為を命ずる裁判をなす権限を有していない。又原告は前記の如く本件不動産を訴外日本医療団に売却したことは認めているのであるから、所有権を喪失した原告が他人間の登記原因の無効を主張する利益はない。従つて登記の抹消を求める右請求は不適法として却下さるべきである。

以上のとおり、原告の本訴請求はすべて理由がない、と述べた。

〈証拠 省略〉

理由

原告が別紙目録記載の不動産につき存在する第一、第二の各所有権移転登記手続につき昭和二十九年一月十八日被告に宛て異議を申立て、これに対し被告が同年九月十八日却下決定をしたこと、及び被告の右却下決定に対して原告が提出した再審申立書が同年十月二十七日名古屋法務局法務事務官新井与市から原告に返戻された事は当事者間に争がない。

第一、原告は前記各理由により被告の右却下決定は違法であつて取消さるべきであると主張するのであるが、次の各理由により被告の却下決定は違法であるとは認められない。即ち、

一、原告は第一の登記当時本件土地は耕地整理中であるのに整理完了前知事の認可を得ないで右登記申請を受理した違法があると主張する。被告も本件土地が耕地整理の施行せられた土地で豊橋市東田土地区画整理組合の換地説明に基づく換地処分を愛知県知事が昭和十八年二月八日認めて知事より豊橋区裁判所に対し耕地整理法第三十条第一項による処分を認可した旨通知されたもので、耕地整理登記令第八条の五により耕地整理による登記をしなければ原則として他の登記が出来ないことは認めるところであり、又耕地整理登記令第八条第一項によれば、耕地整理による登記は耕地整理施行地区全部につき同時になさるべきものとされている。然しこれには例外が設けられており、同令第八条第二項によれば、換地につき権利の設定又は移転の登記を必要とするときは整理施行地内の一部土地につき耕地整理の登記の申請が許されている。本件においては証人鈴木計吉の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第二号証に成立に争のない甲第一号証の四、五によれば、昭和十八年十二月十三日豊橋市東田土地区画整理組合長丸地本治郎より豊橋区裁判所に対し、原告と日本医療団間の所有権移転登記履行上の必要により耕地整理登記令第八条第二項による申請がなされ、登記官吏がこれを受理し、同月十四日耕地整理確定図第一五号により右耕地整理による登記がなされているのであつて、正に右例外的方法により、耕地整理の登記がなされた上で同月二十四日第一の登記がなされているのであるから第一の登記は適法に行われたもので、何等不動産登記法第四十九条第二号に違反して受理されたものではなく、原告の主張は採用に値しない。

二、原告は、訴外玉木緝熙が第一の登記申請に際し、原告並に日本医療団双方の代理人として登記申請をしたことになつているが原告は玉木に右登記の代理権を与えていないし仮りに与えたとしても右玉木は申請に当り登記所に出頭せず、代理権のない杉浦余三によつて登記申請がなされておりこれを受理した違法があると主張するが、原本の存在並に成立に争のない甲第一号証の三によれば、原告が右玉木に登記申請の代理権を与え登記申請を委任したことが明記されている。原告は右委任状は同人が別途に玉木に代理権を与え白紙に署名押印したものを玉木がこれを登記申請に冒用したものであるというが、これを認めるに足りる証拠は少しもない。結局原告は玉木に右登記申請の代理権を与えたものといわざるを得ない。しかも右登記申請に際して右代理人たる玉木は出頭せず、何等代理権のない杉浦余三が玉木に対する委任状を持つて登記申請手続をなしたと認めるに足る証拠も全くない。然らば本件登記が不動産登記法第四十九条第三号に違反し不法に受理されたと認めることは出来ない。(なお、実際に売買が行われ、その登記が完了している以上その登記申請代理人の代理権があつたか否かは登記の効力に何等影響を及ぼさないのであるから代理権のなかつたことを理由に異議を申立て登記の抹消を求めることは出来ないといわねばならない。)

三、原告は第一の登記に際して登記申請に必要な登記義務者(原告)の一部登記済証及び代理人の代理資格を証する書面を添付していないにもかかわらず、これを受理した違法があると主張する。なる程登記済印について成立に争のない甲第九号証の二によつても、原告が訴外石川清三郎から買受けた本件土地の一部豊橋市東田町字西前山百七十八番地の三、宅地八十五坪(耕地整理後同市前畑町百十六番地八十二坪五合六勺)の原告の権利に関する登記済証(甲第九号証の二)は登記申請に添付され、その返還を受けたものであるならば当然記入されるべき申請の受付年月日、受付番号、登記権利者の氏名、登記済の記載及び登記所の押印を欠いているから第一の登記に際しては、右土地に関する登記済証は添付されていなかつたことはうかがえないことはないが右土地は昭和十八年十二月二十四日原告より日本医療団に売買により譲渡されているものであることは原告自ら述べているところであつて、右土地の権利に関する登記済証の添付なくしてなされた登記ではあつても、右売買による権利の移転関係をそのまま表現しており、登記本来の目的を達しているのであるから、右手続上瑕疵があるからといつてこれを理由に異議を申立て登記の抹消、訂正を求めることは実質的な利益を欠き、容認すべきかぎりでない。

又既に二、において述べた如く、第一の登記は杉浦余三が登記申請をなしたとは認める証拠がないのであるから、右登記申請に際して右杉浦の代理権限を証する書面が添付されていたか否かを判断するまでもない。

四、原告は第一の登記完了後原告の権利に関する登記済証を原告に還付していないから、不動産登記法第六十条第二項に違反すると述べるが、かりにそうだとしても、当事者はその還付を要求すれば足りるのであり登記済証の還付は登記手続に伴う全く附随的措置であつて、既に適法に行われた登記の効力に何等影響を及ぼすものではないのであるから、右登記済証が還付されなかつたからといつて、これを理由に異議を申立て登記の抹消、訂正を求めることは筋違いであるといわねばならない。

五、原告は本件土地の税金を売買後昭和二十二年度まで支払つていたので、豊橋市役所へ問合せたところ、本件土地は未だ移転登記が完了していないとの回答であつたが、昭和二十三年以降は課税されなくなつたから、登記は昭和二十三年になつてなされたはずで、これは昭和十八年十二月十四日付で登記された旨記載されているのは登記官吏が不法に受付期日を遡及させて記入したものであると主張し、公文書であることから真正に成立したと認められる甲第一号証の六によれば原告は本件土地の売買後も昭和二十年二十一年の各年度の地租を納めたことは認められるが、これが本件土地の税として納入されたかどうかは確認できないし、たとえ本件土地の税としても、そのことから直ちに右土地の所有権移転登記申請の当時なされず、後に課税を停止したとき受付期日を申請当時に遡及させて記載されたと認めることは到底出来ない。却て成立に争のない甲第一号証の二ないし五においては昭和十八年十二月二十四日本件土地の売買と同時にその旨登記されたと認める外ないのであつて、他に原告主張の如く後になつて故意にこれを遡及させて記入したと認めるに足りる証拠は全くない。

又原告はたとえ登記受付を遡及させたものではないとしても、不動産登記法第六十三条の更正登記をすべきであると主張するが、同条並にその二にいう更正登記とは完了した登記につき錯誤又は遺漏ある場合をいうのであつて、本件土地の第一の登記が実体上の権利移転と合致し何等錯誤、遺漏がないのに売主たる原告が本件土地の税を移転登記完了後も昭和二十二年まで負担したからといつて更正登記をしなければならない理由は少しもない。

六、原告は第二の登記につき本件不動産は元来原告に返還さるべきものであるから日本医療団と豊橋市間の権利移転はなく、その所有権移転登記は実体上の理由を欠き、無効なものであり、仮りに実体上の理由があるとしても、第一の登記が違法であつて無効であるにかゝわらず、これを有効として第二の登記を受理したことは不動産登記法第四十九条第二号に違反すると主張するようであるが、本件不動産が日本医療団の解散に伴い当然に元の売主たる原告に返還される旨の法的根拠は存在しない。結局原告自ら述べる様に売買契約の上で買戻の機会が与えられている場合は日本医療団との話合により合意の上で返還されるものであるとしても、その合意が出来ていないことは原告自ら認めているのであるから原告に返還される可能性はあつたにせよ当然原告に本件不動産が返還されるものと解することは出来ないのであつて日本医療団と豊橋市間に実体上の権利移転がなかつたとはいえない。又登記官吏としては実体上の権利関係を審査する権限はなく、登記申請の形式的要件を備えていれば登記申請を受理しなければならないのであるから、登記申請が実体上の理由を欠くからといつて、その受理が当然違法であるとはいえないし、又第一の登記が原告主張の如き違法なものではなく、適法有効に行われたものであることは既にみたとおりであるから、右第一の登記が無効であることを前提とする」原告の主張は理由がない。

第二、原告は被告が名古屋法務局法務事務官新井与市名でなした却下決定に対する再審請求書の返戻処分の取消を求めるが、成立に争のない甲第三、四号証によれば原告は再審申立を被告宛にではなく名古屋法務局法務事務官新井与市宛に提出しており同事務官は登記官吏の処分に対する異議申立につきなした法務局長の異議申立却下決定は不動産登記法上からは最終の手続であつて、再審の申立は受理されないとして返戻したものであつて、被告が新井与市名でなしたものではなく、法務事務官新井与市がなしたものであり、同事務官としては不動産登記法並に同法施行細則において異議申立の却下決定に対する再審請求は認められないで、これを説明する趣旨で通知し、これと共に原告の再審申立書を返戻したにすぎないのであつて、原告に対して何等法律的効果を及ぼすことのない単なる通知であつて、行政訴訟の対象となる行政処分とみることはできない。よつてこれが取消を求める原告の右訴は不適法であるといわねばならない。

第三、最后に原告は本件不動産に対する第一、第二の登記が無効であるとして被告に対し右登記の抹消を求めるのであるが、行政庁たる被告に対し抹消登記というごとき作為を命ずることは我が法制上未だ容認せられないところであるからこの部分に関する訴は不適法として却下を免れない。原告としては本件不動産の所有権が実体上なお原告に存すると主張するならば之を前提として日本医療団もしくは豊橋市に対し前記各登記の抹消手続を私法上訴求するの挙に出づべきであるにかかわらず、行政庁たる被告に対し本訴請求に及んだのは筋違いも甚だしいというべきである。

以上のとおりであつて、原告の本訴第一の請求は理由がなく、失当であるからこれを棄却すべくその余の訴は不適法として却下すべきである。よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白木伸 榊原正毅 渡辺卓哉)

目録〈省略〉

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